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blogのジレンマ

2009 年 12 月 28 日 コメントをどうぞ コメント

たとえば…プログラミングでいいや.
今,俺が頻繁にコーディングしているもののうち,プロジェクトと呼べるようなもの(と言ってもComitterは1~3人だけど)は3つ.
個性を抽出しながら情報を収集するアグリゲータ,Railsで作ったiPhone向け家計簿,Web上で人工知能と対話しながら描けるマインドマップエディタ.
# 昨日,もう一個増えた.移行が容易な同窓会Webサービス.
ところが,これらについてblogを書くことはほとんどない.
書こうとするモチベーションがないわけじゃない.
書き始めたとしても,blogというメディアにそぐわなくて途中であきらめてしまう.
実際,他の人のblogを漁ってもある程度以上の規模になると急に少なくなる.
開発日記的blogですら,最初こそコードを載せていても途中で成果としての機能説明だけになって,その裏でどんなノウハウが培われているかは途端に見えにくくなる.
よく見かけるのは「#01 x分ではじめる!yyyy!これであなたもzzz!」のような連載スタイル.
一見良さげ.
ところが,連載ものでもIoCやテンプレートエンジンのような”構造”が意味をなす話に当てはめられると非常に読みにくい.
個人的にも最近はGlue言語での解決が好きだったりするので,ある程度の規模とその全体像が常に傍らにないと何も語れない.
一方でスニペットレベルの技術検証的なコードや小道具レベルのツールについては書きやすい.
たぶん,執筆コストと得られる見込み対価がちょうど良いんだろう.

blogじゃないメディア,たとえば書籍は小道具について書いてもしょうがないし売れないので,それなり規模のフレームワークが対象になりやすい.
60分プログラミング動画なんかもある程度の規模までなら面白く外在知化できていそう.
Twitterをはじめとするmicro-blogは作業の実況中継には向くかもしれないけど,読み手にとってはS/N比が高すぎ.

再利用性を重視して,問題を可能な限り小さく切り分けて,限界まで小さくなった問題についての最適最小解を書くスタイル,すなわちオブジェクト指向は比較的blogと相性が良い.
この小さく切り分けられた問題が小道具またはもっと小さくて爪楊枝に相当するのでblogに書きやすい.
書きやすいと言うことは,購読者にとっても読みやすい.

かと言って「やっぱりオブジェクト指向最高だね!」なんて話は安直.
むしろblogosphere上に小道具ばっかり集まってしまう偏りが気持ち悪い.
自分メモとしてblogを使っている人も多いのに,まさにメモりたいようなサイズが扱いにくいなんて!

書籍がうまくいっていると仮定して.
挿絵が簡単に付記できれば良いのか?文芸的プログラミングができれば良いのか?blogを使うのを諦めれば良いのか?
実にありきたりな問題意識だけど,そもそもテキストベースの活動であるプログラミングですらこんなに拾えていないなら,「音声や動画にはどんなメディアが適しているか」なんて発展しすぎな問題意識なんじゃないかと.
ただの直感だけど,blogの横にTwitterのTL並べて,動画を挿しつつレポジトリにリンク張れば解決するんじゃね?とはとても思えない.
もっと有機的で,それこそ入力と出力が非対称なメディア.
ワラスの4段階でもなんでも良いけど,いわゆる創造プロセスを一通り押さえられるもの.
…なんだろうなぁ.時間軸を取り入れてもダメだったし.
統合開発環境とか作ってる人が案外似たことを考えていそう.

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