民事訴訟を起こしてみた

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はじめに

事務所として借りていた物件が雨漏りし、転居を余儀なくされたが、
その大家の振る舞いがあまりに不可解だったため、損害賠償を求める民事訴訟を起こし、こちらの主張がほぼ認められる形の和解締結に至った。
類似のケースに見舞われた方の参考になれば幸い、
逆に言えば、それ以上の意図はなく、名誉毀損等の恐れがないよう同定可能性に配慮した書き振りをあらかじめご了承ください。

訴訟まで

最初の雨漏り


2021年9月の台風は関東一円に大きな被害をもたらし、特に武蔵小杉周辺のタワーマンションが水没したことで話題になった。
川崎の弊事務所が当時入居していたビルは築50年以上の古ビルで、やはり天井のあちこちから水が滴ってきた。
大家は隣ビルに居を構える法人なので、すぐに報告し、「速やかに修繕工事を行う」旨の回答を受けた。
弊社は税務署で言うところの「情報通信業」なので、さまざまな電子機器がある。
修繕される前にまた台風が来られたら大変なので、自社でビニールシートなどを購入して備えることにした。

直らない雨漏り


ほどなくして「雨漏りの原因は上階の住人がベランダにゴミを置いており、排水溝が詰まっていたせいで、上階の住人への注意と排水溝の清掃を行なった」と言う報告を受けた。
しかし、雨漏りは直らなかった。
台風ほどの雨でなくとも起こるようになった。
また、雨が降った日の翌日または翌々日に発生することも多くなった。
修繕に当たった業者に聞くと、「建物内に雨水の通り道ができてしまっているようだ、そのため漏れるまでの時間差が発生するし、原因箇所の特定が非常に困難だ」という話だった。
雨漏りが発生するたびに報告を行なった。
幸いにも大家社員と顔を合わせる機会は多く、会うたびに口頭で、
またはビル内の店子が集まるSlackに大家の社員もJoinしていたため、時には写真を添えてSlackで報告することもあった。
原因特定が非常に困難というのを聞いて、この頃から「ここに長居はできないかもな」と思い始める。

転居のすすめ


入居から1年が経とうとしたある日、弊社の社員も増えてきたため、事務所が手狭になってきた。
そこで、大家社員に「ビル内に空き部屋がないか」を相談する。
1つは、借りていた部屋のすぐ近くで、広さはほとんど変わらないが、合わせて借りて、片方を物置にすれば問題は解決しそうな部屋。
もう1つは、階は異なるが、広さは十分な部屋。しかし、周辺相場からしても家賃が割高だった。
この2案の検討に当たって、そもそも現事務所の雨漏りが直らないならば前者は選びようがない。
雨漏りするようでは物置にすらならないからだ。
そこで、大家に今後の修繕計画を問い合わせたところ「直せる見込みがないので、転居後には他の方にも貸さない方向で検討しています」と回答があった。
決定的な回答だ。雨漏りは直らない。転居、待ったなし。
しかし、割高な家賃を払って同じビルに居続ける必要があるのだろうか。ましてや、その部屋も雨漏りがしないとは限らない。
そこで、同市内で似たような間取りの部屋を探したところ、すぐに家賃が2割ほど安い物件を見つけることができた。

弁護士に相談

弊社は複雑な契約を交わすことがあるので、リーガルチェックを目的に顧問の弁護士がいる。
リーガルチェックではないことを重々承知で本件を相談してみると「明らかに大家起因の退去なので、転居にかかる費用は請求できると思います」との回答を得る。
雨漏りし続けたこの1年間、たびたび業務も妨害されているし、
毎回の報告に対して2回以上修繕工事された形跡がないのも大家の責任が問われる。
さらに、修繕工事を行っていた業者に直接問い合わせると「そもそも雨漏りの修繕要請が来てないです」とのこと。
つまり、大家は雨漏りを直す気がなく、こちらの報告を握りつぶしていたことがわかる。
それで相場より割高な物件を再契約させようというのは悪意が過ぎないか。

法的措置を打診


「雨漏りが直らないならば今月末で退去します、転居に伴う費用を請求します」と打診すると、すぐに「修繕工事を再開します」と言ってきた。
直せる見込みがないのでは?
そして強引に雨漏り対策の養生が施され、居室は1/3ほど狭くなった。
こちらはすでに退去する準備を進めているので、いまさら養生されるメリットがない旨を伝えても一向に考慮されない。
さらに、「契約書には退去6ヶ月前に解約通知をいただくことになっているが、今回は特別に免除」ときた。
いよいよ意味がわからないし、謝罪の誠意も感じないので、転居費用および慰謝料に加えて、当方にはそもそも違約金を払う義務がない旨で訴状を作成してもらった。

解決まで

起訴してからは、コロナ禍ということもあって互いの代理人が電話で期日を繰り返し、自分はただその報告を聞くだけだった。
この頃にはすっかり転居も完了し、転居費用や弁護士報酬が回収できなくても困らなかったため、こういった事案を日本の司法がどう裁くか見てみたいという動機の方が強かった。
こちら目線、どう考えても相手方がおかしい。
今後、不動産の賃貸借契約だけでなく、たとえば交通事故や喧嘩に巻き込まれて、相手がおかしいとしか思えない時、どう対応するべきなのかを学びたかった。

相手の主張

結論から言えば、相手が頓珍漢な主張を繰り出して自滅していったせいで、学びの少ない訴訟となってしまった。
後半は裁判所が相手を諭すムードだったらしい。
関係者全員が「どこから突っ込めばいいか…」となった相手の主張を一部紹介する。

「雨漏りがあったか疑わしい」

え、そこから?

「当日の雨量は1.5mmで雨漏りを起こすはずがない」

写真が残ってますので、1.5mmでも雨漏りを起こすという証拠になりましたね。

「電子機器を多く扱うとは知らなかった」

多く扱わないなら修繕しなくて良いとでも?

「1年以上居住していたのだから、引っ越しを余儀なくされた状況とは言えない」

雨漏りを直せる見込みがない、と仰ったのは貴方ですよ?

「今後は貸さない、とは未来永劫を意味してない」

では近い未来の話をしましょう。

「今後は貸さない、は弊社社員が勝手に送ったもの」

その社員の責任を取るのは誰ですか?

「原告個人への慰謝料は、個人と契約してないので発生しない」

不誠実な応対を被ったのは個人なので、個人から慰謝料を請求します。

「年商〇〇億円の弊社にとって、雨漏修繕費用を節約する理由がない」

じゃあ、直してください。

この他にも、そもそも原告名義を間違っていたり、明らかに無関係な判例を挙げてきたりと、
相手方が雇った弁護士は最初から勝負を投げていたような気がしないでもない。
とにかく、この程度のやり取りを1年間付き合わなければいけなかった苦労は察してほしい。

和解勧告

被告が準備書面を用意すればするほど墓穴を掘っていく、そんな3回目の期日を終えたタイミングで裁判所から和解勧告があった。
前述の通り、金額云々でなく日本の司法がどう裁くかが動機なので和解でなく判決が欲しかったため、4回目の期日では和解に応じないと返答。
しかし、5回目の期日で具体的な金額とともに再度の和解勧告があったため、さすがに裁判所の心証が良いうちに応じておきましょうと受諾。
その金額はこちらの主張する額のおよそ半分だった。
判決を見れなくて残念に思っていたところ、なんと「転居費用は賠償するが、退去前通知に関する違約金については争う」と言ってきた。
いや、強いて争うなら転居費用の方がまだ勝ち目あるでしょうよ、と呆れているうちに、相手方にまた裁判所の諭しが入ったようで、「前言を撤回します、違約ではないと認めます」と。
これで、起訴からおよそ1年、「令和2年(ワ)第1019号」が幕を閉じた。

教訓

原告の方がめんどくさい

裁判を始める前から、顧問弁護士には「おそらく1年以上かかりますし、全額を認められることはないでしょう」と言われていたので、その覚悟はしたが、
正直、原告側の立証責任について甘くみていた。
5回の期日で終わったのは、想定よりも少し早いが、それでもその度に打ち合わせや証拠集めで合計10時間以上は費やしたと思う。
この時間は言うまでもなく本業が滞ったが、それを請求できないのは辛い。

善悪と金額の違い

最初の和解勧告を受けた際に顧問弁護士に教えてもらったのは「裁判所は、良い/悪いの判断で言えば、おそらくこちらの主張を支持していますが、それを金額に直す話は別なんです」と言うこと。
つまり、相手方が悪い証拠と別に、その賠償額の妥当性を認める証拠が必要ということ。
たとえば、最初の雨漏りの際に、良かれと思ってビニールシート等を自前で用意して被害を未然に防いでしまったのは金額的には裏目に出ている。
また、常識的に考えて「引っ越し」はそれなりの重労働で、新居の下見や契約、荷物の梱包と開梱、転居先インフラの立ち合いなどなど、金額に換算しにくいコストが発生しているが、
それを示せない限り請求できない。
人件費に換算するとしても、果たして「荷物の梱包にかかった時間」をどうやったら示せるのだろう。

それ以外の戦い

結局、法廷どころか裁判所にすら一度も行かずに決着がついてしまったが訴訟が進行する中で、いろいろなことが起きた。
たとえば、こちらの雨漏り報告を直接受けていた相手方社員の1人は居づらくなって退職した。
なんとなく責任を感じてお詫びしたところ、「いえ、あの会社は頭がおかしいと気づいたので、辞められて良かったです」と笑っていたのが救い。
修繕工事の担当者も、結果としてこちらの肩をもつ証拠を揃える形になってしまい、社内の立場が悪くならないか心配したが、「事実をありのままに話すだけです」と実に男らしい人だった。
本件を機に仲が良くなったので、みんなで焼肉祝勝会を開いたところ、同ビルに入居する他の店子も混ざって実に楽しい夜だった。

所感

この大家とは入居当時にも争った経緯がある。
入居時にドアが壊れていたので、修繕を要求したところ、「ドアは大家側の管轄ではない」と言われたのだ。
どう言う理屈でそうなり得るのか、さっぱり理解できなかったが、壊れたままにはしておけず、
「であれば、弊社が自費で直します」と伝えたところ、「建物内の見た目に関わるので、既存のデザインを踏襲して欲しい、指定の業者に発注されたい」と言う。
デザインや修繕方法に注文があるならば「大家の管轄なのでは?」と、ますます謎が深まったが、
入居時のドタバタにこれ以上の労力を割けず、指定の業者に自費で発注してドアを修繕した。
この時に気づくべきだった、と今は思う。
つまり、世の中には国交省のガイドラインや賃貸借契約に詳しくない大家も無数にいて、
「自分が法的にいかにおかしなことを述べているか」に無自覚な人がいることを。
部屋は内見できても、大家の中身はわからんからなぁ。

結果、あくまでも自分目線の「正義」ではあるが、「正義は勝つ」ことを証明できて良かった。
ただし、裁判経験者が皆語る「訴訟しなくて良いなら、その方が絶対に良い」は本当。
最初から最後まで勝ち確BGMが流れた本件でさえこんなに割に合わないなら、鎬を削る攻防なんてもっとしんどい。
参考まで、訴状作成と期日5回の対応、その他諸々で約30万円の弁護士報酬をお支払いしました。

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