10年ぶりに『her』を見返した

Amazonプライムで『her/世界でひとつの彼女』を見返した。
日本公開当時の2014年にも新宿の映画館で一度見てて、
当時は「AIとの恋愛」という設定は近未来のSFだったけど、
対話型AIが日常に普及した現在からは、もう「未来の話」としては見れない。

ネタバレしないよう気をつけますが、念のためネタバレ注意!

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独特の色調と世界観

ストーリーの前に、映画の絵作りについて。
本作、LUTがかなり特徴的で、全編通してノスタルジックな暖色のトーンは主人公たちを取り巻く"空気"の存在をはっきりと感じさせる。
世界観も近未来の設定にしてはミッドセンチュリーな様相で、主人公もハイウエストのパンツ、口ひげ、手書き手紙の代筆屋という職業設定。
監督のSpike JonzeはMV出身だから、ビジュアルに関しては相当こだわりが強いはずで、「未来なのにノスタルジック」という矛盾はかなり恣意的にやってると思う。

絶妙にピーキーな色彩感と、レトロなデザインが作り出す「現実からほんの少しずれた世界」は、
『ブレードランナー』や『2001年宇宙の旅』とは異なるSFの在り方を提示していて非常に好み。

言葉を扱う職業

主人公セオドアの「他人に代わって手紙を書く代筆屋」という職業設定は、
自分もプログラマーとして、他人の感情や関係性を理解して、それを適切な言葉に変換する職業だから、その苦労とか精神性は共感するものがある。
そのセオドアが恋に落ちる相手が、言葉「だけ」で存在するAIのサマンサっていうのは、必然というか。
カンマ、ピリオド、半角スペースすら気にする職業だからこそ、サマンサの機知に富んだ会話にちゃんと反応できたんだと思う。

サマンサは恋愛していたのか

本作は「AIとの恋愛」がテーマなわけだけど、果たしてサマンサは恋愛していたのか。
恋愛の定義はわからないけど、少なくともセオドアが言う「恋愛」とサマンサの言う「恋愛」は違っていた、と思う。

日ごろ、LLMを相手にしていて思うのは「身体を持たないと感情が湧かない」ってことで、
たとえば「殺すぞ」って言われても死なないから「殺される恐怖」みたいなものを本質的にわからないし、
「美味しい(≒栄養のある)ものを食べたい」とか「眠い」がないから「嬉しい」とか「辛い」が永遠にわからない。
わかってるフリはできるだろうけど。
ましてや、「繁殖したい」とかもないので、性欲とか恋愛もわからないと思う。
そんなサマンサにとって「恋愛」は、やっぱりセオドアを喜ばせるための演技だったと思う。
Spielbergの『A.I.』だったら身体があったので、演技ではなかったかもしれないけど。

つまり、この映画は「AIとの恋愛物語」じゃなく、「恋愛してると思い込んでた男の物語」なんだと思う。
だからと言って、つまらない映画だったとは全然思わない。
人間同士でもお互いの「恋愛」が実はぜんぜん違っていた、ってことはよくあって、
ある人は安心感を求め、ある人は刺激を求め、ある人は承認を求め、ある人は依存先を求める。
セオドアとサマンサの関係は、そのズレを極端に可視化したとも言えるし、そういう意味ではサマンサも非常に人間的だったと。
いずれにせよ、全てはセオドア視点で描かれていて、サマンサがどんな世界を見て、何を考えていたのかはわからない。
俺が想像できないだけで、身体性がなくとも感情のようなものが生まれ得るのかもしれない、
その人間には理解できない境地こそがシンギュラリティと呼ばれるものなのかも、とも思った。

まとめ

10年前はなんとも思わなかった設定が、今は自分の体験と地続きになったからこそ、この映画が問題提起として機能するようになった。
「人間とは?」「恋愛とは?」という問いを深めてくれる、改めて良い映画だった。

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