少し前に西尾さんのScrapboxを読んで、ずっとやってみたいと思ってたので、実際にトピックを立てて実験してみた。
結論、「めちゃくちゃ可能性を感じて面白い」んだけど、本質を掴めずにいる。
ので、現時点の理解と所感をまとめておく。
Polis
Polis is a real-time system for gathering, analyzing and understanding what large groups of people think in their own words, enabled by advanced statistics and machine learning.
DeepL訳では「Polisは、高度な統計と機械学習によって、大勢の人々が自分の言葉で何を考えているかを収集、分析、理解するためのリアルタイム・システムである」と。
これだけではよくわからないので運営しているThe Computational Democracy Projectの"Our Approach"の直訳も載せると、
The Computational Democracy Projectは、ポリスのオープンソース活動とその背後にあるミッションを非営利で継続するものとして2018年に設立された。主にこの組織は、機械学習の進歩を踏まえ、集合知において可能なことが次の世紀の間にどのように進歩するか、また、市民に力を与えようとする人々が政策決定プロセスにおいてそれらの進歩を運用できるようにするにはどうすればよいかを考えている。
私たちは、人間の声が可能な限り深く尊重されることで、民主主義のプロセスが恩恵を受けると信じており、人間の声を合成する新しい方法が、いかに非常に強力な変革の担い手となりうるかを身をもって体験してきました。最終的に私たちは、政治的アジェンダを設定する力が、既成の派閥や特別な利害関係者、政党、評論家の手にあるのではなく、可能な限り包括的な市民や独立した公務員の手にある世界を目指しています。
これを達成するために、私たちは、市民主導の意思決定、公開審議、参加型セルフ・ガバナンスの斬新なプロセスを可能にする、高度な数学と計算を活用したオープンなツールやシステムの研究、開発、サポート、保守を行っています。また、あらゆる種類のファシリテーターが、より大きなスケールで効果的に耳を傾けることを可能にする新しい手法やツールを開拓しています。データ・サイエンスの手法が進歩するにつれ、CompDemは民主的手法の可能性の限界を押し広げ、人類が直面する最も複雑な問題にデータ・サイエンスを活用していきます
わかるような、わからないような。
とにかく、ちょっとでも興味を持ったら、まず触ってみて欲しい。アカウントを作るだけで無料なので。
実験
「完全自動運転車(自動運転Lv5)として「A-Car(仮称)」が発売された、とある未来で、A-Carが歩行者に接触する事故を起こしました。この事故の責任は誰にあると思いますか?」というトピックを立てて、投票URLを雑にX(Twitter)で流してみた。
7人の投票者が集まって、可視化が始まったタイミングのスクリーンショットがこちら。
管理者として、パッと想像できる事故の関係者(運転者、製造メーカー、歩行者など)それぞれを選べるような意見(= Seeds Comment)をいくつか用意してスタートした。
まったくModerateせず、どんな投稿(= Statement)も歓迎する姿勢をとっていたところ、投票者7人が集まったタイミングでは合計20個のStatementになっていた。
- A-Carの不具合を引き起こすような環境にしていた、道路整備、環境整備担当者が悪い。
- A-Carの取扱説明書やユーザーガイドがもっとしっかりしていればこの事故は起きなかったはずだ。
- A-Carのナビゲーションがもっと安全なルートを選択してればこの事故は起きなかったはずだ。
- もしA-Carの衝突回避先に他の歩行者がいたせいで避けられなかったならば、その他の歩行者が悪い。
- A-Carの衝突回避に用いていたセンサーを開発した企業が悪い。
- A-Carの衝突回避処理を開発したプログラマーが悪い。
- A-Carを運転者に売り込んだセールスマンが悪い。
- A-Carを市販前に検査・承認した検査機関が悪い。
- 完全自動運転車が市販されているような時代で、わざわざ歩行という危険な移動手段を選んだ歩行者が悪い。
- A-Carですら回避できないような振る舞いをしていた歩行者が悪い。
- A-Carの販売を許した行政または立法機関が悪い。
- 完全自動運転車を夢見た市場、つまり一般市民すべてが悪い。
- 運転者じゃなかったとしても、A-Carを購入を決めた車両保有者が悪い。
- 当時、A-Carの運転席に座っていた人間が悪い。
- 「完全に自動で運転する」とは言ってるけど、「事故を起こさない」とは言ってないのでは。
- 仮にどんな状況でも歩行者を回避できるようプログラムされていたとしても、無理な動きをした場合は運転手がケガをする可能性もある。「絶対に事故を起こさない」自動運転は実現不可能と考える。
-
それぞれの立場(A-Carの搭乗者、歩行者、
A-Carの製造者・販売者、A-Carが保安基準を満たしているか否か審査した行政機関など)において事故を回避するために取り得る合理的な手段がどれだけあったかに応じて責任を負うべき。 - 「運転者もメーカーも歩行者も…みんな悪いからみんなで責任を取るべき」と言う意見は、非常に正論だが、非自動運転車での事故でも同様のはずなのに(だが、実際は特殊な事例を除いて「運転者が悪い」となる)から、受け入れ難い。
- 相手が「歩行者」と言う弱者だから、それ以外が悪く思えるが、相手が同じA-Carだったら、途端にメーカーが悪くなるような気がする。
- たとえどんなに技術が進化しても自動車事故は無くらないため、製造販売社側でも運転におけるルールを作った上で、そのルール外の操作で発生した事故は運転者に責任とするべき。また、ルール内の事故は不具合として製造販売社側も責務を負うべき。
これらの各Statementに対して、「賛成」「反対」「どちらともいえない」が投票された。
一人1票ではないし、すべてに「賛成」票を入れたりも可能。
SNS連携機能はOFFにしていたので、管理者ながら本当に誰がどんな投稿や投票をしたのかわからない。
ユーザーガイドや別の歩行者のせいと考える人がまったくいなかったのは予想通りとして、「歩行者が悪い」が対立軸となったのは非常に興味深い。
同様に「運転席に座っていた人が悪い」も分かれている。
完全自動運転車に運転席があるのかはさておき。
申し訳ないけど16の「自動運転は実現不可能と考える」というStatementを投稿した人は、こういう思考実験に慣れてないのかな、という印象を受けた。
経緯はどうあれ「実現され、市販された」という仮定を受け入れて欲しかった。
17の「それぞれの立場に応じて責任を負うべき」も議論慣れしてないのかな、という印象で、わざと極端に「誰かのせいにするならば」という仮定を敷いたのは、現実問題で責任を分配するにしてもどこが争点となるかを明らかにしたいから。
問題の設定、または説明がよくなかったなぁと反省してたら18「みんなで責任を取るべきは非自動運転車での事故でそうなっていない」という意見が出てきて驚いた。
19「相手が歩行者じゃなかったら」という意見も完全に盲点だった。
いやはや、なんせ実験なので、完全自動運転車がどうなるかは正直どうでもいいし、誰が正しいではないんだけど、ここで考えたいのはPolis上で起きた一連のこのコミュニケーションは何だったか、ということ。
個人的には以下3点がとても印象的だった。
多数決に見えて、多数決じゃない。
ぱっと見、投票ツールのように見えるが、そもそも、何かを決定するツールではない。
すべてに投票する必要もないし、「どちらでもない」で全投票することもできる。
おそらく「確固たる意志」がない人にも参加してもらう仕掛けだと思う。
人間、誰しもが全ての問題に自分の意見を持っているわけではない。
しかし、自分の意見がないからと言って、議論に参加できないわけではない。
合意形成とか意思決定は他でやるとして、まずは「みんなの意見を集める」ことに特化したのがPolisだと感じた。
みんな違ってみんな良い、でもない。
「みんな違ってみんな良い」で、それぞれの信条を認め合うだけでは理想論に過ぎる。
Polisが合意形成をサポートしないにしても、結局は何らか別の方法で合意に達したいわけで、そのためには「みんな違ってみんな良い」から一歩踏み込む必要がある。
「参加者を大きくN個に分けたとき、分水嶺はここにあります」が可視化されると一歩踏み込むヒントになる。
また、参加者自身も「あれ、自分ってこっちのグループに属することになるのか」と気づきがあり、自分の意見を再考するきっかけになる。
たとえば、右翼と左翼。自分はどちらでもないと思ってる日本人は多そうだけど、意外とどちらかに属していることになるかもしれない。
「みんな違って、具体的にはここで違ってます」を明らかにしていきましょう、それを割と気楽に投票ベースでやってみましょう、がPolisの大きな特徴だと思った。
議論をさせる気がない。
わざとそういう設計にしてるんだろな、と思ったのが、Statementは140文字以内で採番もされないこと。
つまり、自分の意見を具に説明しようとするのはほぼ無理な上に、「Aに対して〜」という反論も起こしにくくしてる。
悪意ある言い方をすると、無責任な極論を歓迎する設計。
ところが、各Statementへの賛成率が可視化され、投票内容に応じてグルーピングされることがわかっていると、極論はノイズ以上の害にはならないとわかる。
むしろ、他の参加者の先入観や偏見を壊すきっかけにすらなるし、前述の「自分の意見を明確には持っていない」参加者も明確に反対票を投じる機会を得たりするので、巨視的にはプラスになっている。
悪意ある(かもしれない)参加者すら味方につける、こんな設計は見たことない。
Plurality
ということで、Polisを触って、Polisの前提としている「Plurality」のなんとなくの肌感を掴んだ。
資本主義社会に居ながら、「資本主義とは?」と聞かれてもちゃんと説明できないが、かと言ってまったく理解してないわけでもないように、Pluralityを体現しようと作られたPolisを触っての感覚を文章にしてみる。
専門家からマサカリが飛んできそうだけど、むしろ飛んで来て欲しいなと思うぐらいには自分がPlurality(とPolis)を理解していない自覚はある。
そもそもPolisを触ろうと思い立ったのも、たまたまPlurality Tokyoに参加してた知人と会食した際に、「Pluralityとはなんぞや?」って話で盛り上がったのがきっかけ。
Plurality公式サイトには「PLURALITY: 民主主義と違いを超えて協力するためのテクノロジー」全文があり、日本語で読めます。
Pluralityの直訳は「複数性」とか「多数性」って出てくるけど、その対訳はちょっと語弊があって、むしろ「複数性」と「多数性」から連想されがちな「多数決」や「多様性」と区別しようとすると輪郭がはっきりするように思う。
まずは馴染み深い「多数決」と比較すると、多数決ってのは結局1つの意見に収斂させようとする"決め方"の話であって、もともと意見が幾つあったかは気にしない。
Pluralityは、議論の段階で意見が多様になっていることを目指していて、決め方の話ではない。
「多様になっている」、じゃ、「多様性」ってことですね、と言うと、これもちょっと違う。
実社会において「多様性」と言う言葉を使うと、「差別反対」とか「少数派の権利を守れ」みたいな意味合いが含まれて、雑に言うと「平等性」と同義になりがち。
Pluralityは、平等か否かはさておき、「いったん、皆さんの意見は出揃ってますか?」と言う、言葉通りの多様性を大事にしている感じがある。
もっと言えば、「対立したままでいいんですよ、とにかく前に進みましょう」と言う雰囲気。
Polisの改善点
Pluralityの体現的な意味でも、いわゆる一つのWebサービスとしても、Polisには改善点があると思う。
まず、投票するだけのユーザにインセンティブがない。
前述の通り、投票ツールでなく分析ツールと捉えた方が良いので、ホスト側は非常に面白いんだけど、世の中の人間はそんなに協力的でもないし、議論好きでもない。
特に、「明確な意思表示に消極的な人間」も対象に含めようとするなら、この問題は顕著になる。
ちょっと変わったUIで投票や投稿をすることが目新しくて面白いと思う人はいるだろうけど、それは一時的だろう。
特に、後発参加者からの投稿に対して、先行投票者も継続的に何度も投票を行ってほしいので、継続するインセンティブの設計が必要。
投票と投稿を修正できないのも辛い。
最初は賛成だったが、よく考えたら反対したい、みたいなことはよくあるし、熟孝が進んでいる良い証だと思うんだけど、再投票できない。
また、投稿に対しても誤字脱字や語弊を修正したい、ってことはあると思うんだけど、それも許されてない。
これは、投票や投稿を修正されると、分析できなくなるから、という意図があるのかもしれない。
分析者側の気持ちはわかるものの、人間の持つブレみたいなものは織り込んでほしい。
それらに共通して、「自分の意見」という感覚が乏しい。
まず、FacebookやX (Twitter)でのSSOが用意されてるけど、これらが有効に働く場面が思いつかない。
「誰が言ったか」を見せないことで、多様な観点を引き出せると思うから。
一方で、投票や投稿を修正できないのでいずれも"言いっぱなし"感が強く、仮にそれを可視化されても他人事のように感じてしまう。
「誰が言ったか」は隠しつつ、「自分の投票・投稿」だけはわかるようにした方が良いように思う。
PolisのソースコードはGitHubで公開されている(ライセンスはAGPL)ので、自分でForkするなり改善することもできる。
正直、バグっぽい挙動も多々あるので、作り直してみたいな、という気持ちが湧いた。
しかし、仮にゼロから作り直そうとして、はたと気づく。
Polisの本質的な機能、PolisをPolisたらしめてるのは一体なんだ?
投票・投稿機能を備えるWebサービスはいくらでもある。
自動分類による可視化は面白いけど、投票だけのユーザには無かったとしても問題がない。
投票と投稿を分析したレポートページが真骨頂かと思ったけど、これも限られた分析しかしてないことを本家も自覚しているのか、独自の分析を行うためのJupyter Notebookなどが公開されてたりする。
そうやって消去法で機能を削っていくと何も残らない。
ということは、「Polisの本質は、投票・投稿機能と分析が高度なバランスで統合されていること」か「Polis自体に本質や新規性はなく、Pluralityの概念が前提となっていることに意味がある」のどちらか。
いずれにせよ、安易には作り直せないなぁ。
所感
安易に作り直せないにしても現状のPolisのままで様々な応用が思いつく。
熟議プラットフォームとして真っ当に使う方向だと、Yahoo!ニュースのようなニュースサイトに組み込まれて、コメント欄がPolisになっていたら非常に面白そうだなと思う。
また、記者会見のような代表者が質問を代行する場面で、事前にPolisを用いて一般市民からの質問を集めておく、という使い方もできそう。
AmazonのようなECサイトの商品レビュー欄がPolisになっていたら、賛否が分かれる商品を買う際に参考になりそう。
さらに、西尾さんも言及してたLLMとの組み合わせ。
長文Statementを140文字以内に要約させたり、Moderationを自動化させたり。
なんにせよ、めちゃくちゃ可能性は感じる、けど本質がわからん。と言うか、このまま普及するとはどうも思えない、特に日本において。
しかし、心の底から、普及してほしい。
「対立しても良いよ」「意思表示だけで良いよ」は世界を変えるパワーを持ってる、実際に触ってそう思った。